| 初めからうなぎ屋なんか全くやるつもりはなかったんだよ。当時たまたま近くの川に大水が出て、うなぎをたくさん捕まえたんで蒲焼きをやってみたんだ。近所の人にも分けてやったら「おいしい」と評判が良かったんで、その気になってね、うなぎ屋でも始めてみようと思って・・・・。 ところがいざ始めてみると、どこにも修業に行ったわけでも、人に教わったわけでもないもんだからうなぎの捌き方もわからない。店先で捌いていてもうなぎは逃げちゃうし、そんなところを人に見せられたもんじゃないから、前にお客がいたら捌けない。人がいなくなってから捌くから出前が遅くなる事もしばしば。 また、たれも本格的に作ったことがないんで、お客様が「甘い」と言えばすぐ辛くし、「辛い」゛と言えば次は甘くするといった具合。創業当時、うちのうなぎを食べた近所の人で、二度とうちのうなぎを口にしない人がいるよ。ワッハッハ・・・・・ また、当時はあまりうなぎを食べる人も少なかったもんだから、器の丼だって五つしかありやしない。五つ以上の注文があったときにゃ困ったもんだ。 出前だって少ないもんだから、近所にタバコを買いに行くんだってわざわざおかもちを持ってたもんだよ、忙しそうに見せるためにね。ワッハッハ・・・・・・ 一代目 うなぎのコジマヤの親父の話 ![]() <創業当時> |