2008年の11月23日で私どもは開店16周年になりました。いつも前を向いて走るしかない毎日なのですが、これを機会に少し過去を振り返ってみました。
1993年、私どもは神戸の旧居留地で開店しました。その当時は、私どももまだまだ未熟で、毎日悪戦苦闘の連続でした。しかし街には、バブル崩壊とはいえ今とは異なる活気がありました。余談ですが、今から考えると神戸は震災前と後でまるで別世界になってしまったかのようです。人の数は戻ったとはいえ、あの当時の神戸らしい華やかさや同時に何かのんびりとしたムードのあった雰囲気はもはやありません。
さて、ともかく今とはかなり異なる状況でした。市内にスペイン料理店はごく少なく、レストランとバルが各一軒づつ、タブラオが2軒というところでした。ですからスペイン料理が論じられるような状態ではさらさらなく、まあ遠い外国の見知らぬ料理というのが一般的な認識だったと思います。
また、スペイン料理に対する偏見もあり、スペイン料理をやっているというと、相手がプロだと(いやプロであるが故に)「ほお・・・・」とめずらしいモノでも見るような視線を受けたものです。明らかに見下した態度をする料理人もいました。
イタリア料理人は明らかに、イタリア料理のエピゴーネン(亜流)かという目でみて、それでもご親切に「こんなのをすればいい」といくつかのイタリア料理(!)を教えてくれました。あるフランス料理人と話していて、「スペインにミシュラン三つ星があるのか!」と驚かれたこともあります。
プロにしてこんな風ですから、まして一般のお客様からは珍しいだけで、まともな料理として扱ってもらえなかったものです。パエリャの名前だけはそれでもまだ知られていましたが、生米から作ると説明すると、びっくりされて「えっ!焚いてるんじゃないの?」とか「フライパンで炒めるんだろ?」とか、とにかくチャーハン扱いされることが多く、米が出来上がる時間が待てなくて憮然とされたり怒り出されたりしたこともあります。
当時、マスコミの取材を受けて「タパス」の話をすれば校正刷りには必ず「パスタ」と書かれる。ガスパッチョがカルパッチョになってる、なんてことは日常茶飯事、スペインバルの話をしてももう一つ理解してもらえない。
驚いたのはある有名なグルメ雑誌の記者が取材に来て「スペイン料理のことは全く知らないんですが・・・・・」と切り出したことで、ポッと出のライターならともかく、食専門誌のライターがいくら謙遜したって、これはないだろうと思ったものです。
何より困ったのはスペイン食材がなかなか手に入らないことでした。手にできるのはオリーブオイルとオリーブの実、それにサフランくらいなもので、オリーブオイルといっても大手メーカーのものが数種あるぐらい。もちろんハモンやチョリソは輸入禁止の時代だったのです。
ですからスペインの味をキチンと伝えるということがどんなに困難だったか、私など技術も身についていませんでしたから、よけいに大変なことでした。こういった事情が好転してきたのはここ7〜8年のことでしょうか。
さて今や街にはスペインバルやスペイン料理をうたう店が雨後の筍のように林立し、料理専門誌でもスペイン料理を取り上げるようになりました。でも世の中のスペイン料理に対する認識は本当に進んだのでしょうか。
実は先に書いたようなジョークみたいなことは今でも出現しておりまして、まあそれは経済学でいうところのロングテイルというようなものでしょうが、事態はある意味もっと深刻なのでありまして、原因は流行に乗じて出現して来た粗製乱造のスペインバルにあるといっても過言ではありません。
なぜ、スペイン料理を勉強したこともない連中が作ったものがスペイン料理でありえるのか。なぜ、スペイン料理は十分に理解されているとは言えないのに、瞬く間に和風アレンジされたり、イタリア料理が入り混じったりするのか。
私どもにはさっぱりわからないのですが、これが「ポピュラーになる」ということなら、私どもの16年間はまったく無駄だったことになってしまいます。そうではなくて、今の状態が本当のスペイン料理理解への一里塚にすぎないこともねがうのですが・・・・。