ガスパッチョあれこれ(その2)

ガスパッチョにもいろいろある、ということを前回お伝えしたのですが、その中で、
「ガスパッチョ・アンダルース」―――アンダルシア風ガスパチョ、という言い方を
紹介しました。アンダルシアにしかないスープなのになぜ、わざわざそういう言い方を
するかと言いうと、スープではないガスパッチョが存在するからです。

代表はガスパッチョ・マンチェゴ―――つまりラ・マンチャ風ガスパッチョ。これは
アンダルシア風ガスパッチョとは似ても似つかないもので、兎肉や猟鳥の煮込み料理
です。同様の料理はお隣のバレンシアやムルシアにも多くのバリエーションがあります。

中には魚のガスパッチョもありますが、ではなぜ肉の煮込み料理をガスパッチョという
のか?その理由はパンにあります。ラ・マンチャ風ガスパッチョは砕いたパンを入れて
仕上げます。このパンは薄く作った巨大なクラッカーのようなもので、トルタ・ガスパ
チェラとか、トルタ・センセーニャと呼ばれます。このパンを煮込みの鍋に細かく割り
いれて、一緒に食べるわけです。

ここで、前回ご紹介したガスパッチョの語源を思い出していただきたいのですが、語源
が何にしろ、その意味が「細かく砕いた」というような意味が多かったことです。―――
つまり、「細かく砕く」のは実はパンのことだったのです。

アンダルシアのスープ「ガスパッチョ」にももちろんパンが入っているのですが、意外に
このことは理解されてなくて、実はアンダルシア風ガスパチョのうまみはこのパンにある
といってもいいくらいなのです。実はラ・マンチャ風ガスパッチョも同じで、パンが入る
からこそ、濃厚で複雑なうまみが出現するわけです。

さて、日本ではこのような肉の煮込み料理のガスパッチョはほとんど知られていなくて、
また、スープのガスパッチョも様々なバリエーションがあることもほとんど知られてい
なくて、単にガスパッチョ=冷たいトマトのスープと理解している向きが多いのです。

ここから多くの誤解が生じてくるわけですが、その最大のものはフレンチやイタリアンなど
ほかのジャンルに移植されたガスパッチョです。これらのほとんどは単にトマトをつぶした
だけか、またはそれにオイルを加えたものです。多くの場合それに何か具材を加えたり
ソースのように使ったりするわけですが、これらのほとんどは正しくガスパッチョと
呼べるものではありません。―――なぜなら、パン入っていないからです。パンこそ、
ガスパッチョの隠れたキモなのです。

今回はガスパッチョにもいろいろあるというお話でした。スペイン料理の世界では、同じ
ものに、地域によって異なる呼び方があったり、まったく違うものに同じ名前がつけられ
たり、そんなことがよくあります。我々作り手はそういうことをきちんと勉強しないと、
結局食べ手に間違った印象を与えてしまいます。またしかし同時に食べ手の方も、スペイン
料理は単純で一様だなどと決めてかかってはいけないのです。

ガスパッチョひとつとってみても、ローマ時代まで逆上るような奥行きと地域、風土に
よって様々に形を変えてゆく横の広がりがあります。たった一つのささやかな料理に、
広大な世界が秘められている―――これこそスペイン伝統料理の魅力ではないでしょうか。

                                了