![]() シェフのひとり言(15) 【カルメンは何を食べていたか? 後編】 リリャス・パスティアの店で,落ち合った二人は,食べ物を山のように買い込みどんちゃん騒ぎを始めます。この時カルメンが買ったのは、オレンジとパン,腸詰とマンサニーリャ、エーマス,トゥーロン,ジャムなどとあります。 少し説明しますと, 腸詰とはいわゆるチョリソ・ソーセージ,多分スペイン伝統のパプリカがよく効いたドライタイプのそのまま切って食べられるものでしょう。 スペインのチョリソはスパイシーですが,辛くはありません。―――よく洋風居酒屋で出されている辛いチョリソはメキシカン・スタイル。これとはよく間違えられますが別物です。 マンサニーリャとはシェリー酒の一種です。 シェリー酒は,アンダルシア南部へレス・デ・ラ・フロンテーラ附近で作られているものですが,このうちサンルーカル・デ・バラメーダという町で作られているフィノ・タイプのものを,マンサニーリャと呼びます。 フィノのシェリーの中でもすっきりした味わいで,なかなか玄人好みかも知れません。 エーマスとは正しくはイェマス,つまり卵黄の事でここでは卵黄と砂糖で作ったお菓子の事です。 ちなみにメリメの原注には「砂糖で固めた卵の意味」とあり、間違いではないにしても正確ではありません。これは砂糖で濃いシロップを作りそれに卵黄を合わせて煮詰めペースト状になったものを固めたお菓子です。―――アビラというスペイン中部の町の名物に『イェマス・デ・サンタ・テレサ』(聖女テレサの卵黄)というお菓子がありますが、スペイン各地に同様のお菓子があるようです。なお日本の鶏卵そうめんはスペインもしくはポルトガルから伝来した南蛮菓子ですが,そのルーツはこのイェマスだといわれています。 次にトゥーロンというのはアーモンドを使った一種のヌガーで,大変ポピュラーなお菓子です。 スペイン旅行をされた方なら,空港の免税店でもお土産に売られているのをご存知でしょう。これもヒホン風、アリカンテ風、インペリアル風と3タイプあります。中でもインペリアルの濃厚な味わいは忘れがたいものがあります。 さて,カルメンのところに来た上官にドン・ホセは剣を抜いてしまいます。 カルメンはホセを変装させて逃がすのですが,その時の格好が「チュ―ファスで作った飲料を売りに出て来るヴァレンシアのお百姓のようだ」とあります。これは何のことかと言いますと、オルチャータ・デ・チュファス(又は単にオルチャータ)という飲み物です。多くのバルで今も売られているスペイン独特のソフトドリンクでチュファスという植物の根から作られる物です。 牛乳のように白くて甘い,やや口当たりの重いちょっと豆乳の様な病みつきになる飲み物です。スペインの乾燥した,暑い夏にはこんなとろっとしたドリンクが意外にのどの乾きをとめてくれるのです。 さてこのエピソードの後,ホセは密輸業者の仲間入りをするのですが,その時カルメンはこんな言い方をします。「国王がおまえさんにお米も干ダラもくれない・・・・・」つまり兵士として首になったという意味ですが、この干ダラ(バカラオ)はスペイン人の最も大切な食材なのです。 実に多くの料理がこのバカラオで作られ,スペイン料理の一大ジャンルを形作っています。 ちなみにスペインのバカラオは日本の干ダラのようにヘラヘラではなく、厚くどっしりとしたものです。 元来タラの加工品は交通事情の良くない時代に内陸にまで運ぶために工夫されたものですが、この工夫が逆にその特徴を生かした料理を発展させたのです。 これは京料理の棒ダラを思い出させます。 現在でも干ダラや塩ダラはポピュラーなそして其の分大変重要な食べ物なのです。 この後ホセは山賊の仲間入りをし、話は坂を転がるように悲劇の結末へまっしぐらに進んでゆくのですが、食べ物の記述はこれで最後になります。カルメンとホセの悲しく激しい愛の末路には食の行為は似合わないからでしょうか。 さてこうして見て来ますと、小説「カルメン」に登場した170年前の食物は現代のスペインのそれとまったく変わっていない事に驚かされます。現代日本の食物がたとえば第二次大戦前と後で大きく変化してしまったのとは対照的です。 どのように時代が変化しても基本のところでは昔から変わらぬ風土に根ざした食生活を続けるスペイン人は日本人にはどのように見えるのでしょうか。 引用は岩波文庫「カルメン」杉捷夫訳 ![]() スペインに興味のある方、是非 お問い合わせください。 |
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