シェフのひとりごと(11)

シェフのひとり言(16)



 6月から7月にかけて、久しぶりにスペインに行ってきました。今回の旅には自らいくつかのテーマを設けていたのですが、そのうちのもっともメインとしていたエル・ブジ訪問について、3回連続で報告してみようと思います。

                                                         
                                     

《その1. エル・ブジ体験は衝撃だった》

 いまやスペイン随一というよりは世界最高のレストランと言われるエル・ブジ(El Bulli)は、バルセロナから地中海沿いに約150km北上したコスタ・ブラバと呼ばれる海岸に面したロサスと言う町の近くにあります。
ロサスは小さなリゾートタウンですが、ここから山道を車で30分、モンジョイ湾という小さなすばらしく美しい入り江に面した、古いカタルーニャの農家風建物がエル・ブジなのです。
このブジと言う名のレストランの歴史は古く、1957年に作られたもので、今のオーナー、ジュリ・ソレールは2代目。そして彼が発見した料理人フェラン・アドリアは―――やはり天才でした。
その天才ぶりはたとえば、ピカソやダリ、ミロといった、芸術家たちと同じく、スペインという土壌でしか出現せず、同時にスペインを超えてしまうといえるようなとてつもない才能なのです。

 私どもがいただいたのはお勧めの23皿にも及ぶデグスタシオン・メニューでした。料理の内容やレシピについてはエル・ブジを精力的に紹介していらっしゃる渡辺万理さんの著書『エル・ブジ――至極のレシピ集(日本文芸社)および雑誌『カーサ・ブルータス』2000年夏号を見られるといいでしょう。またニューズウィーク2000年8月28日号にも取り上げられています。しかしはっきりいっておきますが、写真からは彼の料理の味は想像できないと思います。私どもはいわばプロですから、料理写真を見れば大体どのような味かは、想像がつきます。でもフェランの料理は違うのです。食べてみないとわからない。このことを少し説明しようと思います。

<普通では考えられない食材の組み合わせ>

 たとえば「カンパリを載せたイチゴ」というものがあります。これはイチゴをたて半分にしヘタのついていたほうにカンパリのうす甘いジュレをおき、先のほうになんと山椒を置いたものです。口の中でそれぞれの味が激しくぶつかり合い対立し反発しやがて融合して行く様が想像できるでしょうか。

<極限まで進められた味の純化>

「モルスカーダ」は、ほとんど生のムールやペルセベスの身がジュレの中に漂うように載っています。口に入れると感じるのは海の潮の味と香り。

<本歌取りとそこからの跳躍、パロディー>

「カリフラワーのクスクス」というのは、ゆでたカリフラワーをクスクス状にくずして周りに様々なスパイス、ソース、ハーブを置いたものです。一掬いずつ食べるたびに異なる味と香りがするという単純にして実に複雑な料理です。

<スペイン料理をベースにした逸脱>

「ウサギのシベ、暖かいりんごのゼリー添え」はチョコレートを使ったカタルーニャの伝統的なソースなのですが、スターアニスの香り(つまり、アジアのテイスト)がするのです。

<純粋な味だけの世界>

「ビールのアイスクリーム、チェリーとヨーグルト添え」というデザートは、確かにビールの味のするアイスクリームなのですが、口に入れるとさっと溶けて、味わいだけが残るのです。

こうした材料を23皿食べた後に残るのは、とてつもない味覚の幸福感と適度な満腹感なのです。
さて、こう書いて来てもこれを読まれている皆さんには、なんかいまいちつかめないと言う感じを持たれるでしょう。それは多分フェランの料理が通常の料理の概念を超えてしまっているからだと思うのです。

                                                    続く

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