シェフのひとりごと(11)

シェフのひとり言(17)



 6月から7月にかけて、久しぶりにスペインに行ってきました。今回の旅には自らいくつかのテーマを設けていたのですが、そのうちのもっともメインとしていたエル・ブジ訪問について、3回連続で報告してみようと思います。

                                                         
                                     

《その2. 香りを味わう---記憶を味わう》

 たとえばこんな料理がありました。名前は「タイムのスープ」という何の変哲もないものですが、皿にはタイムの香りのする極度に軽いアイスクリームとやはりタイムの香りのゼリーが載っているのです。この皿にはタイムの枝も一本添えられていて、ウェイターにその枝を手にとって香りを嗅ぎながら(?)料理を口に入れるように言われます。

また「バニラ風味のポテトのピューレ」という一皿も同じ趣向でバニラの香りのポテトムース(というか硬い泡、フェランはエスプマと呼んでいますが)にバニラビーンズが添えられています。上と同じように香りを補強しながらいただきます。

いったいこれらは何なのでしょうか。料理なのでしょうか。
よく料理と言うのは味覚の記憶であると言われます。味というものが、人間の脳の中に存在するものであるなら、フェランの料理はまず香りを記憶し次に舌で味わうことで、その記憶を植付け、さらに強化するものですから、これは料理の本質、エッセンスだけを表現したものと言えるでしょう。この意味でフェランの料理はすでに料理を超えているといってもいいかも知れません。
一般的に言って料理は芸術ではないというのが私見ですが、ことフェランに関しては芸術家だと言って良いと思います。なぜなら彼は物事(この場合料理)の本質を表現しようとしているからです。このような料理は歴史上現在まで考えられたことも作られたこともありません。 唐突ですが、私は今谷崎潤一郎の短編小説「美食倶楽部」を思い出しています。興味がおありなら、読んでみてください。私の言った意味がきっとおわかりになると思います。
さて料理を音楽にたとえるなら、料理そのものは演奏、レシピは楽譜にあたると考えられます。同じ楽譜でも演奏者が異なれば別の音楽になるようにフェランのレシピを他の料理人が作ってもフェランの料理にはならないのです。そしてまたエリック・ドルフィー(ジャズプレーヤー)が言ったように、音楽が瞬時に空中に消え二度と戻ってこない様に料理ものどを通過すればすべて消え去り二度と戻りはしないのです。音楽も料理も記憶の中にのみとどまるのです。味覚の記憶と聴覚のそれとどちらのほうが強烈に残るのでしょうか。
とにかく今のフェランの料理を味わえるときは今しかないのです。日本からエル・ブジへの道は遠く大変なのですが、行かなければこの料理を超えた料理(超料理!)を知ることは出来ないのです。

                                              続く

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