シェフのひとりごと(11)

シェフのひとり言(18)



 6月から7月にかけて、久しぶりにスペインに行ってきました。今回の旅には自らいくつかのテーマを設けていたのですが、そのうちのもっともメインとしていたエル・ブジ訪問について、3回連続で報告してみようと思います。

                                                         
                                     

《その3. 料理のフィロソフィア》

 フェランの料理の中で、日本の食材がいくつか使われていることは、注目に値します。それが日本で使われるのとまった違った演出なので面白いのです。

例えば『海苔のクロカン』と名づけられた一品は海苔をうす甘いキャラメルで円形に固めペロペロキャンディーのように棒をつけたものです。その形のキッチュさもあるのでしょうが、口に入れた瞬間子供時代を思い出すような懐かしさがこみ上げてくるのです。

味覚もさる事ながら、一皿一皿はまぎれもなく西洋料理なのですが、次々と目の前に出される料理を見ていますと「ふとこれは懐石料理ではないか」という気がして来たのです。
後でフェランにそのことをたずねると「それはそうだ、僕の料理と日本料理はものの考え方(フィロソフィアと彼は表現しましたが)が同じなのさ」と答えたものです。

いったい彼がどのような点を捉えてそう言ったのかは定かではありませんが、渡辺万理さんによるとフェランは大変日本料理が好きだということです。
しかし彼は今まで日本に来たことはなく、今年の11月に初来日の予定とか。いったい彼は日本で何を見つけて帰るのか、興味あるところです。

さて、次に料理以外のことについて話しておきます。エル・ブジが論じられるとき、フェランの料理があまりに強烈な印象を残すので、ともすれば料理ばかりが取り上げられがちです。しかしそのファシリティー、そしてサービスについてもお話ししなければなりません。
エル・ブジの建物は古いカタルーニャの農家の様式で、外観もインテリアもクラシックでカタルーニャの地方色豊かな落ち着いたものです。モダンさを見出すとするなら、テーブルの花の生け方ぐらいなもので、料理の前衛性とはまったく対照的なのですが、この環境でフェランの料理が不思議にマッチするのです。
これはオーナーのジュリ・ソレールがこのレストランがどういう基盤によって立つのかを十分理解し、あえてクラシックな表現にしたのだと思います。

次にサービス。元来カタルーニャ人はさほど愛想良くはなく悪く言えば少々気取ったところがあるのですが、そのような民族的キャラクターをうまく生かしてすべてのサービスが必要以上にフレンドリーになることなく実に正確なタイミングで、的確でかつ温かみを失うことなく、行われているのです。
このことはミシュラン三ツ星である以上当然のことなのですが、日本などではお目にかかれないタイプのサービスといえます。
さらに意外なことにはエル・ブジはその名声の高さにも限らず、約40席程度の客席しかありません。(通常ミシュラン三ツ星店は100席以上あるのが普通なのです。)
そして驚いたことに、そこに働く人も40名程。つまりお客一人にスタッフ一人がついていることになります。さらに大きな驚きはキッチンは客室と同じ広さに取ってあり、超モダンでまるでギャラリーのように美しく磨かれているのです。ここで働く料理人は25人に及びます。

これだけでも常識はずれなのに、このレストランは3月中旬から10月中旬までの半年しか営業しないのです。冬場の半年はフェラン達はバルセロナにあるワークショップで来シーズンの料理の研究と創作を行うそうです。
物価も人件費も恐ろしいくらい高い日本では考えられないようなことばかりなのですが、ここまでやればさぞ高いレストランだろうと思われるでしょう。

私達の食べたデグスタシオンメニューは一人14,700ペセタでした。現在(2000年10月)1ペセタ0.56円前後ですから8,200円前後になるでしょうか。これは他のフランスやスペインにある三ツ星店よりもずいぶん安いと思われます。

ひるがえって、この国(もちろん日本)では創意も工夫も味わいもない料理に何万円も払わされるレストランのなんと多いことでしょうか。私も経営者のはしくれとして、世界一ハイコストの日本ではある程度どうしようもないことも理解出来ますので、この現実は本当に悲しい。この意味では日本人は金持ちと思われていますが、実は円の価値は私達が考えいている以上に低いのではないでしょうか。

話がずいぶん横道にそれましたが、ひとつだけ忘れないでいただきたいことがあります。14,700ペセタと言う金額は私達日本人にはかなり安くてもスペイン人から見れば大変な高額だということです。「カーサ・ブルータス」のように安いといってはしゃぐのはみっともないと思いませんか。

もう一言、言っておきたいことがあるのですが、フェラン・アドリアは《この世で最高の料理人》とジョエル・ロビュションに絶賛されて以来世界中の料理人たちの注目を浴びているのですが、日本の西洋料理界は依然として彼を無視しつづけているように思えてなりません。日本のスペイン料理界では意欲的な料理人達が彼の料理の研究を始めていますが、あいも変わらずパエリャとトルティーリャぐらいしか知られていなくて、スペイン料理は泥臭いものと思われている土壌ではフェランの料理は遠すぎるのが現状です。又日本のフランス料理では黙殺と言ってよく(勝手に黙殺しといてー)、わずかにイタリア料理のごく一部がイタリア経由で興味を示している、といったところでしょうか。
少々きつい書き方をしました。しかしよく日本人は食には貪欲だと言われますが、実は極度に限られた流行の情報の中でしか、選択していないことがおわかりになったかと思います。





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