【シェフのひとりごと33】

 昔も今もパエリャだけ

ご婦人の(よく話題のネタにしていることをお許しください!)お客様がお見えになり、メニューを開くか開かないかのうちにお連れのご夫人にこうおっしゃいました。「スペイン料理なんて、パエリャしかないんじゃない?」いかにも不作法な発言ですが、この真意は『スペイン料理はパエリャしか知らない』という意味だと思うのです。

考えるまでもなく、当店の売上第一位はパエリャ。おそらく98%ぐらいのお客様が注文なさいます。中にはパエリャだけを注文なさって、できるまでに30〜40分かかりますよ、と申し上げ、そのことは納得ずくで、じっと飲まず食わずで待たれる方までおられます。(まあまれですが。)

おそらくこういった現象はどのスペイン料理店でも当てはまると思います。こうまでパエリャが強いと(別にそれが不満なのではないのですが『不満そうだけど・・・by manager』)他の料理はなにやらかすみのかなたに追いやられ、ほとんど何の印象もないような感ありなのです。

何しろ西洋料理で米が食べられるのはパエリャを除けば、イタリアのリゾットぐらいなのですから。もうかれこれ2000年ほど米を食べ続けてきた日本人にはこの上なく、うれしいことなのだと思います。米の前ではどんなに優れた食材も料理もまるでかたなし。米さえあれば日本人の食事は成立すると言っても過言ではないでしょう。

スペイン料理は米料理があるからこそ、比較的早いうちに日本人に知られたのですが、又それゆえに米料理以外のものが十分に知られることがなかった、と言うのが私の考えです。

こんなことになった責任は、売れるパエリャばかりつくり続けた料理人にも、受け入れられやすいパエリャばかり紹介し続けたマス・メディアにもあるのでしょう。

しかしまた、一方で私たちにはあるカテゴリーをその内容のごく一部と等記号で結ぶような単純なナイーブさがあるのかも知れません。例えば、イタリア料理=パスタ、メキシコ料理=タコス、タイ料理=トムヤムクン、そしてスペイン料理=パエリャ・・・・。

もしそうであるなら、私たちは豊穣きわまるこの世界の隅っこを、手でなでるだけで理解したつもりになっている、きわめて貧しい存在といわなければなりません。