シェフのひとりごと(5)
シェフのひとりごと(5)
 「スペイン」と聞いて、普通なにを思い浮かべるでしょう?
おそらく、闘牛・フラメンコ・白壁の家々が並ぶ村・ぎらぎらした太陽・・・といったところでしょうか。でもこれらは、スペイン中どこでもあるものではなく、すべてアンダルシア地方の風物なのです。ひどく地方的で特殊なことがらが一国を代表するイメージになってしまうところは、ひと昔前の日本のイメージ、フジヤマ・ゲイシャとなんとなく似ているようです。
 ということで、今回はアンダルシア地方のお話をします。アンダルシアはスペインの南部、ジブラルタルをはさんで地中海と大西洋に面し、対岸にアフリカを臨む地です。歴史的にはイスラムの支配が長く続き、今もあちこちにその名残が見られます。余談ですがグラナダのアルハンブラ宮殿を初めて訪れたときの印象は、今も強烈に心の内に残っています。いまだに思い出すたび、アルハンブラの窓から清涼な風が吹いてくるような気がします。
 のっけから脱線しまくっていますので、そろそろ食べ物の話にはいります。
 アンダルシアといえは、ハモン・セラーノの主要産地のひとつです。ハモン・セラーノは生ハムのことですが、アンダルシア西部のハブーゴ産のハモンは最高級の品質でつとに有名です。生ハムと言ってもこれは、スペインの在来のイベリア豚の後足の腿を塩漬けにし、水洗いした後一年〜数年かけて乾燥・熟成させたものです。その風味の豊かさ・深さは他に比べるものもありません。わずかにイタリアのパルマ産プロシュートが、よく似た製法をとっているためか、迫るものがありますが、味わいの深さの点でハモン・セラーノには追随しようもありません。このように世界で最高においしいとされるハモン・セラーノも、どういうわけか日本には輸入できないのです。世界で二番目においしいイタリアのプロシュートは昨年輸入解禁となり、ブームになりつつあるというのにです。こういう所で日本のグルメブームの底の浅さが露呈するようです。また脱線しそうです。
 さて、アンダルシアからスペイン全土に広まった料理といえば、ガスパッチョです。これはご存じの方も多いと思いますが、トマト・タマネギ・キュウリ・ピーマンといった野菜を擦りつぶしたものに、酢・オリーブオイルを加えてのばしたスープです。うだるように暑い夏の日、冷蔵庫でキンキンに冷やしたガスパッチョをいただくと本当にからだがシャンとします。活力がわいてきます。これはどんな高級料理にも成しえない事です。
 ところでこれにも白いガスパッチョ(ガスパッチョ・ブランコあるいはアホ・ブランコ)というものもありますが、こちらは料理の系統が異なっていて、にんにくとアーモンドを擦りつぶしたものに、水とオリーブオイルを加えて作ります。バロック時代にはヨーロッパ中にこれに類した料理があったようで、私の憶測ですが、これは古式の料理の生き残りではないか、と思っています。
 さあ、アンダルシアといえはオレンジとオリーブです。オレンジはイスラム時代にアラブ人が持ち込んだもののようですが、一度スペインのオレンジを食べた者には、日本の(あるいはカリフォルニア産の)オレンジなど水っぽいのひとことです。
 そしてオリーブ。いうまでもなく最近ブームのオリーブオイルの原料です。このオリーブオイルなくしてはスペイン料理は成り立たないと極言してもいいと思います。その重要さはイタリア料理におけるオリーブオイルの位置づけ以上だと確信します。
 もちろんアンダルシアに限らず、地中海に沿った地域ではほとんどオリーブを産しますが、やはりアンダルシアの風景からオリーブは切り離せないようです。
 グラナダの詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカはアンダルシアとこの二つの作物の関係を、

[ グァダルキビール 河!
オリーブの林とオレンジの木立のあいだを流れ・・・]

とうたっています。(不正確な引用ですみません)
なんだか止めどなくなってしまいそうなので、今回はこのへんで。