こだわりシェフの独り言

料理の国境線

以前、南フランスのモンペリエからスペインのバルセロナまで、地中海沿いに
旅行したことがあります。車で移動したのですが、おもしろいことに、西に向
かえば向かうほど、食べ物にスペインのにおいがしてくることでした。

このあたりは、ラングドック・ルシヨンと呼ばれるのですが、南の方のルシヨンに
入ると、もうフランス料理ではなくて、カタルーニャ料理になります。それもその
はず、ルシヨンすなわち旧カタルーニャは約300年前までスペインたっだ所。
そういえばペルピニャンの市役所には、フランスの三色旗とカタルーニャの黄色と
赤が交互に入った、旗とが揚げてあったのを思い出します。

よく、カタルーニャはスペインにあってスペインにあらずと言われますが、同様に
フランスにあってフランスにあらず、なのです。この事情は西仏国境の大西洋側も
同じで、国境の両側には(厳密には)フランスでもスペインでもないバスク地方が
横たわっているのです。だからスペインのサン・セバスティアンでもフランスの
ビアリッツでも食べられているのはバスク料理。

よく、バスク料理やカタルーニャ料理は雑誌などで、「フランス料理の影響を
うけた・・・・」などと表現されることが多いのですが、それはフランス側から
見た見解であって、フランス料理しか見たことのない書き手のいわば不見識が
あらわになっているに過ぎません。スペインから見ればこれらはバスクあるいは
カタルーニャの料理なのです。

たぶんこのような事情はフランスの反対側の国境でも同じなのでしょう。
アルザスにはドイツのにおいがし、ニースにはイタリアのにおいがするでしょう。

ヨーロッパというところは2000年間人が行きかい、文化が交差し、戦争が
あるたびに国の形がかわり、といったことを続けてきたところですから、料理と
いう人間の生活にもっとも密着した文化事象をみれば国境などあってなきがごとし。

では○○国の料理という言い方に意味がないのか、すべては混然と溶け合っている
のかというと、そうでもないと思うのです。物事には必ず中心と周辺があります。

フランス料理の中心はオート・キュイジーヌと呼ばれる昔の宮廷料理に端を発した
高級料理です。しかしこれを下から支えているのは地方=周辺の料理。つまり
マージナルなものの集合がフランス料理の基礎を作っている。

その意味でスペイン料理はマージナルなものが集合しているだけと考えられているの
ですが、それでもやはりいかにもスペイン的なものと国境を越して溶け込んでいって
いるものがあるように思います。

ひとつの国の料理を理解するのは大変なことです。中心部分のいわば上澄みだけ
すくってOKではないと思うのです。国境を越えてはるかかなたまで目配りしない
と本当にその国の料理を理解したことにはならないと思います。

フランスの星付レストランでほんのしばらくの間修行してもフランス料理文化の
奥底にたどり着けるのか実は大いに疑問です。(このフランスのところに他の
どんな国名を入れてもおなじです。)

言い方を変えれば、○○国の料理と言えばその国を形作った歴史と文化と人々の
個性がぎっしりと詰まったものであり、料理には国境線はないのですが、それゆえの
料理文化の交わりが、○○国の料理というものを豊かにしていると思うのです。