HOME > 大井神社


大井川は悠久の昔より、流域の人々に大きな恐れと恵みを与えてきました。この恩恵に感謝し水害のないことを祈って建立されたのが大井神社です。
御祭神は弥都波能売神、波迩夜須比売神、天照大神。水と土と日の神の三女神です。島田の氏神として崇敬厚く、古くは三代実録に貞観七年御位階についての記録が見られます。
昭和四十一年、神社本庁別表神社に加列現在に至ります。
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お宮参り、七五三、成人式・・・。その節目節目に神々との出会いがありました。ともなれば「結婚式」は人生最大の儀式かもしれません。大井神社の挙式は、すべての式次第について、本来のかたちをそのまま踏襲して行われます。これは、人生の大切な節目を尊ぶ姿勢の現われであり、永い歴史の中で、伝統と由緒を育んできた大井神社の誇りでもあるのです。
古来大井の大神様として崇められ大井川鎮護の神、水を恵み大地を治める神として偉大な霊力をもって我々を御守護下さる神々です。生命生産の守護神として崇敬されると共に穢を祓い災いを退ける清めの神様、火を治める鎮火の神様、また安産の神様としても広く仰ぎ喜ばれています。
古来より神前に供える浄水を汲んだ神井戸。現在はその上に祓戸神社が創建された。常に清浄な水が、汲み上げられ病気平癒をはじめ清めの水として厚く信仰されています。
正徳三年九月当時神興が渡御する為に造営された堅固優雅な石の神橋です。
大井恵比寿神社は、出雲大社より大国主神(だいこくさま)、西宮神社より事代主神(びすさま)の御分霊をお迎えし、境内社として創建されました。
両神は福の神また縁結びの神として崇敬され、特に十一月二十日の例祭祭日はびす講社祭が盛大に行われ、大井川筋志太榛原一円の崇敬社が集まり、にぎやかな祭となります。正月二十日はその年の開運を祈る新年初恵比寿祭が行われます。
大井天満宮は京都洛北の北野天満宮より、菅原道真公(学問の神)の御分霊をお迎えしたものです。
参道両脇土手の石垣は、大井川の川越稼業をしていた者達が平素の御加護にお報いしようと自分の出番の日に、大井河原から一つ宛選択して持帰り、独特の技法をもって築き上げた石垣です。
境内の奉納燈篭は、川越安全を祈る大名はじめ数多いですが、この燈篭は江戸、大阪を往復した飛脚仲間の奉納による珍しいものです。
慶長九年(1604)までの神社境内がどこにあったのかは、はっきりしていませんが、この年の水害によって社を野田の御手水ヶ谷に遷し、約十年を経た元和年間(1615〜1623)に今の御仮屋町に遷座、その約65年後の元禄初年(1688)にいまの境内にお移りになりました。
そして、元の境内(御仮屋)を「お旅所」として3年に一度、神様がお神輿に乗られて里帰りをなさるお祭りが、今の帯祭の発祥となっています。
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「御本祭」
中日(なかび)大井神社において、厳かに神事祭礼が行われます。
師走(12月)の1日の夜、厳しく冷え込む寒気の中で大井神社神苑で古式にのっとり鎮火祭が厳かに執り行われます。
火の恵みに感謝すると共にこの冬、氏子崇敬者に火の災いの無い事を祈る祭りです。
暗い夜空に浄火の炎が立つと、浄水、川菜、浄砂をもって火伏が行われます。
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